枯れいくままに… シニアの恋

人生の終わりを目前にしたシニアの恋物語です。

第1章 欠陥住民住宅 1話 バカ村親子

千葉に来て、働き始めて2週間が過ぎた。仕事にも街にも少しは慣れてきた。そんなある日、美智子さんに声をかけられた。

「お兄さん、仕事の調子はどうだい?順調かい」

「ハイ、まあ… 」

曖昧な返事をすると、美智子さんが僕が片手にぶら下げるビニール袋を覗き込んだ。

「おや!あんたは焼酎派かい?あたしはビールが好きなんだけどねぇ」

もしかして、おねだりしているのか?と思い聞いてみた。

「美智子さんも晩酌するのですか」

「あれば飲むよ。でも、毎晩買わないと気が済まないわけじゃないから」

呑みたいんだ?と思い、更に聞いてみる。

「じゃあ、僕が買ってきたら一緒に呑みますか」

美智子さんが顔色を変えた。

「ええ!それは悪いわよぉ。まるでおねだりしたみたいだっぺよ」

「いやいや、独りで呑むより相手が居た方が酒が旨いから誘っただけですよ。コンビニも遠くないし、一旦コレ部屋に置いてから買いに行きますね」

返事を待たずに買ってきた焼酎を2階にある自分の部屋の玄関に置いてコンビニへ向かった。コンビニでは500mlの缶ビールを3本と簡単なツマミを買って、部屋へ戻る途中、階段の踊り場で待つ美智子さんにビニール袋を見せて合図する。

「買ってきましたよ。僕の部屋で呑みましょう」

美智子さんが若い女性だったら、こんな気安く酒の席に誘ったりしなかっただろう。なんとなくだが、還暦を目前にした僕と、77歳の美智子さんが2人っきりで酒を呑んでも、誰もおかしな事なんか想像しないだろうと思えたんだ。ひと口ふた口とビールを呑むうちに美智子さんが饒舌になっていく。

「1階のN村さん親子知ってるかい?息子夫婦と一緒に住んでいるってのに… いっつも放ったらかしでよぉ。このクソ寒い中、あそこの婆さんが薄着で外でガタガタ震えていたから、あたしが上着くれてやったんだよ。そしたら、息子の嫁さん何て言ったと思う?まるで私達夫婦が何もしてあげてないみたいに思われるから余計な事しないでください!だってよぉ。頭に来たよ」

へえ… 色々あるんだな?けど、僕の地元と違って隣近所に干渉しないのが都会で、それが心地良いと思っていたが… そこそこ田舎なのかな?そんな事を考えた。

「オイ、バカ村あ!出てこいこの野郎」

壁の薄い安アパートだから外の騒ぎは丸聞こえのようだ。何やらもめ事が起きている。

「噂をすれば何とやらだ。何の騒ぎやら」

美智子さんが興味津々な顔で聞き耳たてている。僕も黙って聞き耳を立てる。しばらくするとパトカーが来て、警察が数名駆け付けたようだ。美智子さんは部屋の外へ出て、2階の階段の踊り場から様子を眺めている。僕はそこまで野次馬ではないから、そのまま部屋で呑み続けた。騒ぎが収まったようで部屋に戻ってきた美智子さんが楽しそうに話だした。

「いやね。T崎のジジイがよぉ、自分の名義を貸してバカ村… 違っ、、N村に携帯を買わせたらしんだけどよぉ。請求書見てたまげたみてえでな。金払えって騒いでたみてえだよ。笑っちゃうよな?貧乏人が貧乏人に名義貸してんじゃねえよって話」

「で、どうなったの」

何だか気になった。

「今日は遅いから明日、朝一で請求書に書かれている全額渡すって事でおさまった」

ふぅう~ん。と、うなずいた。互いにアルコールを飲み干し、その日は、それでお開きとなった。翌日、仕事から帰ると美智子さんが2階の踊り場で待ち構えていた。

「やっと帰ってきた。昨日はご馳走になったから、今日はあたしが買ってきたよ」

嬉しそうにビニール袋をかかげている。今夜も宴になるのか?と思ったが、まんざらでもない。乾杯の直後のバカ村親子の話に口にした焼酎を吹き出すほど驚いた。

「N村親子な。夜逃げしたらしい(笑)T崎のジジイ、いくら踏み倒されたと思う?13万円だってよぉ。N村親子、婆さん年金暮らし、息子夫婦は生活保護、そんな金の無い人間に貧乏人が名義貸すかね?クレジットもブラックで、自分の名義で携帯買えない人に名義貸すからこんな目に合うんだよ。T崎のジジイ怒りまくってたよぉ。あひゃひゃひゃひゃ(≧∀≦*)ひゃひゃひゃ」

僕も笑い転げたが… どうやらこのアパートは欠陥住民住宅のようだと思った。